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広島高等裁判所 昭和54年(う)158号 判決 1980年2月26日

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は弁護人末永汎本作成の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は検察官苅部修作成の答弁書記載のとおりであるから、ここにこれらを引用する。

これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。

控訴趣意第一点(法令の解釈、適用の誤りの主張)について。

論旨は、要するに、原判決は本件「高麗人参濃縮液」が薬事法二条一項にいう「医薬品」に該当するものとし、これを販売した被告人の原判示所為は同法二四条一項に違反するとしているが、高麗人参は食品であつて薬事法上の「医薬品」ではないから、被告人の所為は何ら犯罪を構成するものではない、原判決は同法二条一項、二四条一項にいう「医薬品」の解釈、適用を誤ったものというべく、これが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから破棄を免れない、というにある。

そこで、記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも参酌して検討するに、本件の事実関係は後記誤認部分を除き原判決の認定判示するとおりであるが、所論にかんがみ、若干補足して記述してみると、本件「高麗人参濃縮液」は生薬を煮つめた臭いを感ずる茶黒色の粘稠物質であり、その成分はサポニンの含量が約八パーセントの薬用人参(白参又は白毛)のエキスであつて、「一和高麗人蔘濃縮液」などの表示のある黒色の壺型磁製瓶に入れられ、更に、「飲み方―一和高麗人蔘濃縮液は高麗人蔘から主成分を抽出し精製した人蔘濃縮液であります。備付のスプーンでお召し上り下さい。又蜂蜜やレモン等を加えればより一層風味があります。」などと記載された説明書の貼付された桐箱に納められて、その重量(容器を除く)は三〇〇グラム、販売単価は五万五〇〇〇円であるところ、被告人はこの「高麗人参濃縮液」を、原判決の如く、単独あるいは永隈節子らと共謀のうえ、無許可でかつ、法定の除外事由がないのに、業として販売したものであり、その際販売の相手方に対しては、原判示別紙一覧表の効能説明欄記載のとおり、高血圧に効くなどと右濃縮液の疾病に対する効能を演述した、というものである(なお、原判決はその理由中罪となるべき事実の本文及び別紙一覧表において、被告人の販売した本件高麗人参濃縮液を「五〇〇グラム瓶入り」と認定判示しているが、右は事実を誤認したものであつて、被告人が販売したのは「三〇〇グラム瓶入り」であつたと認められる。しかし、この程度の誤認は本件に関する限り判決に影響を及ぼすことが明らかなものとはいえない。)。

このような事実関係によれば、本件「高麗人参濃縮液」はまさしく「人の疾病の治療又は予防に使用することが目的とされている物」として取り引きされたものであつて、これが薬事法二条一項二号にいう「人又は動物の疾病の診断、治療又は予防に使用されることが目的とされている物であつて、器具器械でないもの」に該当することは到底否定できないところと解される。けだし、原判決も説示しているように、薬事法は医薬品、医薬部外品等が国民の保健衛生の維持、増進に極めて深いかかわり合いを有することから、これらすべての製造、販売、品質、管理、表示、広告等の諸事項を適正に規制し、もつて、国民の生命、身体に対する危害の発生を未然に防止し、国民の健康な生活の確保に資することを目的とするものであり、ある物が同法上の「医薬品」に該当するかどうかは、かかる同法の趣旨、目的に照らし、必ずしも医学的知識が豊かとはいえない一般通常人の理解において合理的に判断されなければならず、そのためには、その物の成分若しくはそれが本来的に有する薬理作用だけでなく、その物の形状(剤型、容器、包装、意匠等)、名称、その物又は添付文書に表示された使用目的や効能、用法用量、販売の際の演述等をも参酌して、その使用目的性の有無を総合的に判定すべきものと考えられるところ、かかる見地から本件「高麗人参濃縮液」が薬事法上の「医薬品」に該当するものか否かを検討すれば、前示のようなその成分、形状、名称、販売の際の演述等に徴し、これが同法二条一項二号該当の「医薬品」であることは明らかなところと思料されるからである。

これに対して所論は、薬事法の改正経過等にかんがみれば、薬事法二条一項が定義する「医薬品」の中に「食品」が含まれないことは当然であり、本件「高麗人参濃縮液」は「食品」であるから同法上の「医薬品」には該当しないものと解される、というのであるが、独自の見解であつて、俄かに左袒できない。尤も、昭和三五年法律第一四五号による改正前の(旧)薬事法(昭和二三年法律第一九七号)二条四項の「医薬品」の定義規定中三号によれば、「人又は動物の身体の構造又は機能に影響を与えることが目的とされているもの(食品を除く。)」とあり、これをほぼ引き継いだ形の現行薬事法二条一項三号には「(食品を除く。)」との文言がないが、この点に関する右改正当時の行政解釈(昭和三六年二月八日付厚生省薬務局長通知四四号「薬事法の施行について」)は、この「(食品を除く。)」という文言の削除によつて「医薬品」の範囲が従来と変わるものではない、と説明していることが窺われる。しかし、右行政解釈の当否はさておき、これによつてみても、ある物が「食品」であることによつて「医薬品」の中から除外されるのは、それが薬事法二条一項三号に該当するものと認められるような場合に限られるのであつて、同条項二号に該当するものと認められるような場合までは含まれないのである(換言すれば「食品」として使用されることがあるような物であつても、それが、その形状、名称、表示された使用目的や効能等を総合して判断することにより前条項二号((旧薬事法では二条四項二号))に該当するものと認められる以上、その物は現行薬事法においても旧薬事法においても当然に「医薬品」であつて、それが「食品」として使用されることもあるとの一事によつて「医薬品」であることを免れることはできないのである。)。右行政解釈を拡張し、全ての「食品」若しくは「食品としても使用されることがある物」を薬事法上の「医薬品」の中から除外すべきものとする所論は到底採用することができない。さらに所論は、本件のような「健康食品」や「これに類する物」について薬効を標榜するか否かによつて「医薬品」と「食品」とに区別されるのは不合理である、というのである。所論のいう「健康食品」又は「これに類する物」の概念自体必ずしも明確ではないが、少なくとも本件「高麗人参濃縮液」は社会通念上「健康食品」又は「これに類する物」とは認め難いうえ、右「高麗人参濃縮液」が「医薬品」に該当すると解される由縁は前述のとおりであつて、薬効の標榜を唯一の理由とするものではなく、その成分、形状、名称等をも併せて総合的に判定した結果であるから、所論は前提において失当である。

以上のとおりであるから、本件「高麗人参濃縮液」は薬事法二条一項二号に該当する「医薬品」と認めるのが相当であつて、これと同旨の見解を示したうえ、被告人に対して同法二四条一項違反の罪の成立を認めた原判決は正当であり、所論の法令の解釈、適用の誤りは存しないものというべきである。論旨は理由がない。

控訴趣意第二点(憲法二一条、三一条違反の主張)について。

論旨は、要するに、原判決は原審弁護人の主張に対し、通常の食生活において食品としても使用される物であつても、その効能、効果を標榜した場合にそのことによつて薬事法二条一項にいう「医薬品」に該当することになる旨判示しているが、このような解釈は憲法二一条に定めた言論の自由を侵害するものであつて、違憲である、又、かかる解釈を生み出すような薬事法二条一項の規定はその概念が余りに不明確であるから、罪刑法定主義に違背し、憲法三一条に反する、というのである。

しかし、憲法二一条一項といえども絶対無制限の言論の自由を保障するものではないのであつて、公共の福祉のための制限は、それが真に必要かつ合理的なものである限り、許容されているものと解するのが相当である。薬事法二条一項の「医薬品」の解釈に際し、前記の如く、又、原判決の如く、その物の成分や薬理作用上の効能だけでなく、薬効標榜の有無やその内容をも併せて考慮し、総合的に判断すべきものとした場合には、その限りで薬効の標榜行為がある程度制約される結果となることは否めないところであるが、かかる制約は薬事法の趣旨、目的に照らし、国民の健康な生活の確保等の見地からまことにやむをえない合理的な規制と思料されるのであつて、これをもつて憲法二一条に反するものとは認められない。又、薬事法二条一項の「医薬品」の定義規定、とりわけ、その二号の規定が犯罪構成要件の内容をなすものとしての明確性を欠くものとは到底思料されないから、これが罪刑法定主義を定めた憲法三一条に違背するとの所論も採用するに由ないものというほかない。原判決の憲法判断に誤りはなく、論旨は結局理由がない。

よつて、刑事訴訟法三九六条に則り本件控訴を棄却することとして、主文のとおり判決する。

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